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梅田香子のMM Journal ぼこぼこ場外乱闘編

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アメリカで車を買ったお話


夜中のドライブ

 昔、野球評論家の鈴木孝政、ジャンボ仲根さんとニューヨークのマンハッタンをぶらついたことがあります。

「なあ、ヨーコ、ニューヨークってのはどうしてこう、廃車が並んでいるんだ?」
「うわ、廃車じゃなくて、生きています!」

 アメリカには車検がないせいか、ときどきびっくりするような車が走っています。といっても、びっくりしているのは私だけで、まわりは平然としています。

 車のドアがなくて、代わりにサランラップがはられていたら、普通は驚きませんか?

 最初の夫が雨がざーざー漏るスバルに乗っていて、床に新聞紙をしかないと雨水でドロドロになりました。

 でも、まわりは誰も驚きません。

 3回ぐらい女がらみで車のガラスを割られ、とりあえずサランラップでしのいだ経験があります。町中だと恥ずかしかったけれど、べつに誰もこちらをみません。

 1992年ぐらいに私は中古のボルボを買いました。3000ドルでした。

 ベージュでドアのところに拳銃の跡みたいな穴があいていました。突き抜けてはいません。
 私は車に無知なので、ボルボが高級車だなんてずっと後まで知りませんでした。というのも、そのボルボはエアコンがついていなかったから、夏はオーブンのように熱くなったのです。
 赤ちゃんだった長女が、信号待ちになると「わーん」と泣きだし、走り出すと風が涼しいのか、きゃっきゃと笑い、また信号待ちになると、「わーん」と泣いていました。

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 郊外だと2台の車が必要なので、ボエイジャー社のプリウスを買いました。あれ、プリウス社のボエイジャーだったかな。新車が1万6000ドルぐらいでした。
 これは走行距離10万キロを超えると走らなくなり、ホンダのCR-Vに買い替えました。これは2万ドルこえていたかな?

 住宅ローンを抱えていたから、車はローンでは買わないことにしていました。
 この2つはミニバンで夫用だったので、私たちはほとんど乗っていません。

 長女を小学校に送るとき、私は下はパジャマのまま、上だけ着替えてボルボで送迎していました。

 妹が日本から遊びに来たとき、それを見て「ボルボのイメージがくずれた」

 

 ボルボを音楽評論家の息子にあげることになり、私はトヨタのエコーを買いました。日本名はプラッツだったそうです。

 エコーの後、マツダ5を中古で買いました。長女はホンダ・シビックの中古です。

 日本では社会人になってすぐホンダ・アコードとトウディ。 

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 福岡ではダイハツのエッセを衝動買いしてしまいました。というのも長女がパピオで早朝練習のとき、タクシーを頼んでいたのですが、「ねえ、ママ、日本のタクシーは赤信号でもぴゅーと走っていいの?」なんて恐ろしいことをいうので、買ってしまったのです。

 それは愛媛で長男にあげて、私はアコード乗っていました。実家の1988年製アコードがまだ走行距離4万キロだったからです。2016年まで乗っていたら1日10回ぐらいエンストするようになり、今のポルテを買ってもらいました。

 夫は1.2トンのトラックでこれは私も乗ります。なんかやっぱり東京育ちのせいか、アメリカ暮らしが長いせいか、私がたまにトラックを運転していると、まわりがみんなこっちを見るのです。なぜなのか?やはり都会育ちで垢抜けているから、めだつのか?謎です!

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 私たちにとって車はあくまで足がわり。つぶれるまで乗ったら、次に行きます。