MM編集部とその周辺。

梅田香子のMM Journal ぼこぼこ場外乱闘編

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こちらはMMジャーナルの番外編。スポーツライター梅田香子のブログです。スポーツ以外のこと、バイリンガル子育てや自閉っ子との生活や旅行の日々を綴っています 。

東京新聞とある女性記者のお話

  1.  

    さん応援感謝ですが、私が から妨害されながらも質問続けられるのは、皆様の声援と共に、会社が疑問があれば臆せず質問をしなさい、と背中を押してくれているからです。会社の応援がなければ会見にも行けません。 に抗議の声が届いてます。どうか誤解なきようお願いします。

  たしかにそうだと思っていました。東京新聞はそういう会社です。

  望月衣塑子記者と面識はありません。たぶん・・・といって、私はけっこう名刺を交換していたりするからなぁ。でも、社会部とはあまり接点がなかったと思います。

 この本を読んで、とても感銘を受けました。

新聞記者 (角川新書)

  東京新聞は1963年から中日グループが参入し、買収しました。

 なので東京新聞中日新聞の東京支社、中日スポーツの東京支社でもあります。

トーチュウ」こと、東京中日スポーツも以前は東京新聞と同じ品川本社内にありました。

 報道部の天井や壁には、タバコでくすんだ透明な筒がかけめぐっていました。

 この筒を原稿用紙が走って、校正部などを経て、次々と印刷室の輪転機に投げ込まれてていきます。

 敷地内には屋内練習場があり、ドラゴンズが東京で試合するとき、そこで特打を取材します。落合博満もいました。


 私は22歳のときから、ここで新聞に原稿を書くイロハを教わりました。4年大学もでていないのに。強力なコネがあったのです。参考にはならないでしょうが、興味あったら参照してください。

梅田香子⚾️Yoko Umeda🇱🇷🇯🇵@yokoumeda

 

 

私が「星野大学」で学んだこと、私が星野仙一さんに伝えたかったこと http://bunshun.jp/articles/-/7634 

 実は短大を卒業した年の10月、中途採用の募集で東京新聞経理を受けました。

 採用は一人なのに200人ぐらいの受験者。1次の作文と2次の面接は通過したようです。翌日、人事部から電話がかかってきました。

「次点です。もし一番の人が断ったら、梅田さんになります」

 でも、そのまま電話がかかってきませんでした。

 なので、東亜燃料の途中採用、これも約300人が受けて、なぜか合格。晴れて銀座のOLになりました。
 
 この月はよほど運気が高まっていたのでしょうか。

 初出社の次の日、河出書房新社から電話がかかってきたのです。

「あなたが書いた”勝利投手”が文藝賞の最終選考に残っています。とても面白いので編集部では入選してもしなくても本にしよう、という話になっています」

 急転直下、銀座のOLどころか、もう翌年の2月から九州・沖縄でプロ野球キャンプめぐりです。

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 正規の社員ではなかったけれど、固定給をもらって原稿を書く日々です。スポーツ新聞以外、雑誌やラジオの仕事は自由にやらせてもらえて、助かりました。

 新聞の世界では結婚はともかく、子供ができたら現場から離れる不文律があり、「梅田さんはもうライターとしてはおわり。子育てに専念してくださいね」と言われたこともあります。。普通なら育児休暇を喜ぶところでした。ところが、どっこい、それは収入がとだえることを意味します。

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 そんな中、トーチュウだけが「おめでとう!」と言ってくれました。他に大リーグのことを書けるライターがいなかった時代、野茂英雄ドジャースでデビューしたので、雑誌の仕事もとだえることはありませんでした。とても感謝しています。

 なんの特技もない凡才の私が月収100万円ペースで仕事できたのも、はじまりはここでした。

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 次女が自閉症と診断されたときも、「もうやめよう」と思ったのですが、「できる範囲でいいから仕事して」と言ってくれました。毎試合はカバーできなくなり、アメリカ人の記者やスタッフを使ってコメントをとり、私が日本語訳して送るという形をとった時期もあります。

 そんなかんや大手新聞社のS記者が不満をもったそうです。私と野球場で顔をあわせていたのに、何も言わず、普通に会話します。

 その裏では「梅田香子をつぶそう」と他の記者たちとせっせと談合していた、と後で聞かされました。

 彼らが連名でトーチュウにちくりのメールを送ったときも、トーチュウは「大きなお世話です」と返事して、守ってくれました。

 私だけではなく、誰かが署名原稿を雑誌に書こうものなら、あらをさがして編集部にチクリのメール。他に何かすることありませんか~?まだネタがあるけど、長くなるのでこのへんで。

 たしかに記者会見で質問するというのは簡単ではありません。いろいろ順番や作法が決まっているからです。それにもともとテレビ中継のショータイムではなく、あくまで新聞記事を書くためのpress conferenceなのです。

 アナウンサーのように発声訓練を受けているわけでもなく、交際して結婚に持ち込むのが取材の目的ではありません。ご機嫌うかがいでもなく、むしろ最後に相手を怒らす質問をもってくるのは基本です。
 なので、私には望月衣塑子記者の行動がごく全うなものに思えるのです。

安倍政治 100のファクトチェック (集英社新書)