MM編集部とその周辺。
こちらはMMジャーナルの番外編。スポーツライター梅田香子のブログです。スポーツ以外のこと、バイリンガル子育てや自閉っ子との生活や旅行の日々を綴っています 。

アメリカでの生活費のお話

 1900年代アメリカで生きていく生活費(当時のメモから)

f:id:mmcompany:20190117221436j:plain
 ↓まずこの3点はいつも頭にありました。合計で5500ドル。たぶんこれは隣近所も同じような金額だったと思います。

 ・住宅ローン 毎月1500ドル(750ドルでいいんだけど、税金対策で払っていた)
 ・ベビーシッター 毎月2000ドル(試合で夜が遅かったから)
 ・保育園&幼稚園 週250ドルが2人分なので、月2000ドル

 ↓この5点は冬と夏の違いもあり、まあ、月1500ドルぐらいと考えていました。なので、ここまでの合計が7000ドル。

 ・医療保険 当時はまだ安く家族4人分で700ドルぐらい
 ・暖房費 2-300ドル(冬だけ)
 ・電気代 80ドルぐらい
 ・電話代 (自宅にパソコン用を入れて2本ひいていた。ファクスも)約400ドル
 ・交通費 ガソリンは車2台分、夫のも入れて合計100ドル
 
 ・旅費 出版社もち 日本を往復するときだけ自腹
 ・新聞と書籍代 各社から毎日たくさん送られてきます。

 ↓これはおおざっぱに2000ドル以内と考えていました。上を足すとだいたい合計9000ドルということになります。

 ・食費と雑費 1日50ドルを目安で1400ドルぐらい
 ・外食 子どもが小さいときは外食は面倒。月100ドルぐらい
 ・衣類やオモチャ 600ドルぐらい
 
 さらに別枠です。

・医療費歯医者代整体代 500ドル前後 これは主に私にかかったお金です。子供を産んでからしばらく生理日になると、扁桃腺で発熱して困りました。卵巣脳腫が破裂した緊急手術。1万9000円の請求がきましたが、それは保険がおりました。自閉症の子を病院に連れていくときは、1回で3000ドルかかったこともあります。

 つまり医療費をのけて、毎月およそ9000ドルの生活費がかかっていたことになります。


 月末に私の口座に振り込まれる各社の合計金額が92万円。当時は1ドル=100ドル前後でした。今だったら暮らしていけなかったかもしれません。(冷や汗)
 92万円は連載みたいなレギュラーの合計です。それ以外にも単発の原稿依頼や印税があったので、赤字だった月はなかったと思います。
 もちろん安くない固定資産税も所得税も払っていました。
 

 ただし、子どもたちが成長するにつれ、シッター代がかからなくなり、生活にゆとりがでてきました。

 少しは貯金もできていましたから、福岡の家はローンを組まずに買いました。(私の住宅ローンを貸す日本の銀行はなさそうですが)

 当時の夫はミュージシャンだったので、自分のギャラは衣装や楽器代。日本のレコード会社へのみかじめ料や音楽評論家へのもろもろが高く、超赤字でした。

 離婚のとき19年の結婚生活で10人は浮気したと豪語してましたから、そちらにもお金はかかっていたのでしょう。てへぺろ!