1990年代アメリカで生きていく生活費(当時のメモから)
↓まずこの3点はいつも頭にありました。合計で5500ドル。たぶんこれは隣近所も同じような金額だったと思います。
・住宅ローン 毎月1500ドル(750ドルでいいんだけど、税金対策で払っていた)
・ベビーシッター 毎月2000ドル(試合で夜が遅かったから)
・保育園&幼稚園 週250ドルが2人分なので、月2000ドル
↓この5点は冬と夏の違いもあり、まあ、月1500ドルぐらいと考えていました。なので、ここまでの合計が7000ドル。
・医療保険 当時はまだ安く家族4人分で700ドルぐらい
・暖房費 2-300ドル(冬だけ)
・電気代 80ドルぐらい
・電話代 (自宅にパソコン用を入れて2本ひいていた。ファクスも)約400ドル
・交通費 ガソリンは車2台分、夫のも入れて合計100ドル
・旅費 出版社もち 日本を往復するときだけ自腹
・新聞と書籍代 各社から毎日たくさん送られてきます。
↓これはおおざっぱに2000ドル以内と考えていました。上を足すとだいたい合計9000ドルということになります。
・食費と雑費 1日50ドルを目安で1400ドルぐらい
・外食 子どもが小さいときは外食は面倒。月100ドルぐらい
・衣類やオモチャ 600ドルぐらい
さらに別枠です。
・医療費歯医者代整体代 500ドル前後 これは主に私にかかったお金です。子供を産んでからしばらく生理日になると、扁桃腺で発熱して困りました。卵巣脳腫が破裂した緊急手術。1万9000円の請求がきましたが、それは保険がおりました。自閉症の子を病院に連れていくときは、1回で3000ドルかかったこともあります。
つまり医療費をのけて、毎月およそ9000ドルの生活費がかかっていたことになります。
月末に私の口座に振り込まれる各社の合計金額が92万円。当時は1ドル=100ドル前後でした。今だったら暮らしていけなかったかもしれません。(冷や汗)
92万円は連載みたいなレギュラーの合計です。それ以外にも単発の原稿依頼や印税があったので、赤字だった月はなかったと思います。
もちろん安くない固定資産税も所得税も払っていました。
ただし、子どもたちが成長するにつれ、シッター代がかからなくなり、生活にゆとりがでてきました。
少しは貯金もできていましたから、福岡の家はローンを組まずに買いました。(私に住宅ローンを貸す日本の銀行はなさそうですが)
当時の夫はミュージシャンだったので、自分のギャラは衣装や楽器代。日本のレコード会社へのみかじめ料や音楽評論家へのもろもろが高く、超赤字でした。
離婚のとき19年の結婚生活で10人は浮気したと豪語してましたから、そちらにもお金はかかっていたのでしょう。てへぺろ!