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梅田香子 ぼこぼこ場外乱闘編

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こちらはMMジャーナルの番外編。スポーツライター梅田香子のブログです。スポーツ以外のこと、バイリンガル子育てや自閉っ子との生活や旅行の日々を綴っています 。

福岡でつい家を買ってしまった話 その1

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 古い紙類を整理していたら、福岡のスケート場パピオの案内がでてきました。スケート場です。2005年のものなので古い情報ばかりです。裏かえしたら、自閉症関連のインフォメーションがびっしり書き込まれています。

 手が震えて、目のまわりが熱くなりました。

 頭の血管が切れてしまいそうなほど悩んだ日々をリアルに思い出したのです。

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 私はスポーツライターとして、シカゴを拠点にしながら、アメリカ中のスポーツシーンをとびまわって仕事していました。子どもを授かってからも、日本には年に10日ほど帰国という生活でした。

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 その合間をぬって、アメリカでも日本でも、全く発語がない次女を連れて、自閉症の専門医のところや漢方医やSTに通っていたのです。もう必死でした。

 あの当時はインターネットの探索で、「自閉症」と打ち込んでも、30ぐらいしかヒットしません。情報がともかく足りず、私は途方にくれていました。

 東京の実家にいると医者に連れていくことができません。わけあって病的なほど医者を嫌う私の父は「障害者扱いするのか?」と激怒したものです。(どうみても障害者なので、シカゴではスペシャル・ニードの学校に通わせていました。)

 2005年の秋。そもそも福岡は大学の先生に次女をみてもらうための訪問だったのです。

 野球シーズンも終わり、私は2人の娘をつれて、知人宅に泊めてもらい、その後はワンルームマンションへ。ここまでは予定どおり。荷物はトランク2つだけ。

 たまたま見学させてもらった公立K小学校は、特学がとても充実していたのです。

 そこのA原先生と会って話したとき、どうしても次女をここに通わせたい!運命的なものを感じました。

 その先生たちとは今でもお付き合いがつづいていて、定年退職後はシカゴの家にお招きしたりもしています。

 公立なので住所が必要です。K小学校の隣にワンルームマンションを借りてしまいました。

 最初の1か月は母親の私が午前中だけ付き添う、というのが条件でした。
 福岡といえば、廊下は寒かったです。廊下に小さな本棚があったので、サザエさん

うちあけ話」なんて立ち読みしていました。

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 その小学校に通わせながら、週1回、糸島半島のクリニックで療育を受けることになりました。

 長女はその間、ほったらかしです。パピオのスケート場で1日中すごしたようです。 次女は日本語も英語もばつ。長女の日本語はかなりお粗末でした。なんでいきなり福岡なのか、わけわからんという気持ちでいたようです。

 でも、パピオのスケート場でレッスンを受けるのは楽しく、「私も日本で国体とか、出てみたいな」と言うようになりました。

 いきなり福岡に日本の住民票を移してしまったので、私の両親も東京でびっくり仰天したようです。が、私や次女の様子をみて察するものがあったらしい。妹が「よーこさんに好きなようにやらせてあげて」と説得してくれたようです。(まあ、親の言うこと聞いたら、スポーツライターになってませんが)

 自閉症の特徴のひとつが極端な偏食。次女はアメリカ育ちなのに、マクドナルドのハンバーガーすら食べれませんでした。小学校3年生まで口にいれたものは、おにぎりとお菓子と納豆ごはん。飛行機の機内にも冷凍の納豆ごはんを持ち込んだほどです。

 A原先生は給食の時間になると別室で、次女と1対1の特訓です。ヘレン・ケラーとサリバン先生みたいな光景でした。

 春になると野球シーズンがはじまってしまい、私はアメリカに帰らなくてはなりません。東京の母が福岡にきて、次女たちと一緒に暮らしてくれることになりました。

 ワンルームマンションでの生活はきつそうだったので、カブスの記者席からついつい福岡の不動産サイトにアクセス。アマゾンでぽちっとするようには買いませんでしたが、不動産やにメールで問い合わせたりはしました。

 そして、香住ケ丘という町で中古の一戸建てを買ってしまったのです。住宅ローンは組めそうになかったので、一括払いの950万円。松本清張「点と線」の舞台になった香椎海岸から、徒歩圏内です。商店街は漫画「クッキングパパそのままでした。(「モーニング」の編集者の話だと、作者がそばに住んでいたそうです)

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 この衝動買いがあとあと私を助けてくれました。父も「子に助けられたな。もし買っていなかったら、全部を持っていかれるところだった」としみじみ口にしたほどです。 

 というのも、福岡に家を買った翌年、シカゴにいる前夫がアメリカの銀行口座をすべて自分のものにして、家の名義も2台の車の名義ももったまま、どろんぱ。台湾に駆け落ちしてしまったからです。
 私の母が買ってくれたピアノは消え、母が学童保育のパートで貯めた貯金も一緒にもっていかれてしまいました。
 
 音楽関係の元友人たちは皆、前夫に協力したそうで、後から知って本当にがっかりしてしまいました。裏表がすごい。ホームページやブログも、うそつきばっかり。お金をもっている人には、ぱーっとコビる感じ。
 なので、私はごく一部の友人をのぞいて、音楽関係者は信用していません。そういう意味で、とってもいい勉強になりました。

 

 アメリカでの離婚手続きは本当に大変でした。私のときは情報がなくて困ったので、次はちょっとそのことについて書いておこうと思います。