MM編集部とその周辺。
こちらはMMジャーナルの番外編。スポーツライター梅田香子のブログです。スポーツ以外のこと、バイリンガル子育てや自閉っ子との生活や旅行の日々を綴っています 。

この世界の片隅に(ネタバレあり)

 NHKでも放送された「この世界の片隅に」。時間の関係なのか、だいぶ削除されていました。やっぱり原作の漫画はおすすめです。


 ともかく物語全体に伏線がちりばめてあります。映画を2度も3度も見に行きたくなります。(私は行ってないのですが、動画配信で何度も見ました。気にいると何度も見るほうなのです!)


 以下はネタばれ注意。

f:id:mmcompany:20190811103632j:plain


 ネタばれ注意。

 ネタばれ注意。

 ネタばれ注意。

 ネタばれ注意。

 ネタばれ注意。

 ネタばれ注意。

 ネタばれ注意。

 ネタばれ注意。

 ネタばれ注意。

 ネタばれ注意。

 
・幼いすずが海苔を配達にいった料理やは「ふたば」。後にりんさんがいるのも「ふたば亭」。同じオーナーなのか、商売替えしたのか、なにかしら関係はあったようです。

・おばあちゃんの実家にでてくる座敷童は、りんです。これは映画だと2番目のエンドロールでわかる仕組みになっています。テレビ放映ではそこらへんがカット。

 原作では義姉の径子(女の登場人物はみんな化学用語になっています)がモガだったとき、亡くなっただんなさんとデートしている背景で、りんがアイスクリームを食べさせてもらったり、人買いのような大人に売られていくシーンなど、いくつも描かれています。 

・すずの夫はりんと昔、恋仲でした。周作は字が書けないりんのために、ノートをやぶって名前と連絡先を書いて渡しています。 

・りんどうの茶碗はもともと周作はりんのために買っていたようです。なので、すずは家族中が風邪で寝込んでしまった雪の日、買いものがてら遊郭までそれを届けにいく気になるのです。


・最後のほう、周作とすずがはじめて会った橋のところで、ばけものが後ろを通過していきます。かごからは女のワニが顔をだして、手をふります。
 あれは映画のオリジナル、原作だとワニが手をふるシーンはありません。

 ただし、戦死したお兄ちゃんは南の国で生きていて、ひげぼうぼうになり、「ワニのお嫁さんをもらうの」というオリジナル漫画を、すずがすみに話して聞かせるのです。


 その漫画の”鬼ぃちゃん”が、ばけものそっくり。ばけものになった兄がすずと周作をひきあわせたのでしょうか?それだと時世があいませんが。タイムマシーン?輪廻転生?
 ともかくここは映画も漫画も、私が好きなシーンです。

 ばけものもワニのお嫁さんも、「元気でやりなさい」といわんばかりに、手をふりながら去っていきます。
 
 ここからは私の個人的な知識です。

・呉はもともと海軍の町なので、とても空襲が多かったそうで、寝不足になったそうです。松山と呉はフェリーですぐ。呉港には大和ミュージアムがあります。


 広島のほうは原爆投下まであまり空襲がありませんでした。
 空襲のたびに広島から救援がきたので、呉の人たちはとても感謝していたのです。なので新型爆弾がおちた後、さっそく助けにいきます。

 そのせいで「黒い雨」の放射能をあびた人もいたそうです。

 井伏鱒二の「黒い雨」も有名ですね。あの方は南方戦線もいっているので、フィリピンでの話や山下奉文のエピソードも峻烈です。(山下、すごく部下を殴ります)

 

・新型爆弾でやけどした人たちは即死しなければ、意外と長生きしたそうです。昔は背中いっぱいがケロイドで、結婚をあきらめた女性と話したことがあります。
 すみちゃんとお父さんのように行方知れずの母親をさがした人たちが、後に原因不明の病気にかかります。 


・戦後しばらく、広島では被爆者を嫁にもらうことを躊躇する風潮がありました。
 それは同じ漫画家、こくの史代さんが「夕凪の街 桜の国」などで描いています。

 すみちゃんそっくりの女性もでてきますから、この作品もおすすめです。

 広島市民たちが広島カープを愛し、心のよりどころにした場面もいくつかでてきます。

 

 私の父の実家は山口県の徳山市で、広島にはとても近かったので、原爆への思いはたくさん見聞きしてきました。
 広島にはわりと最近まで、「アメリカ人お断り」という店がいくつもあったのです。巨人にいたビル・ガリクソンがそのことをよく嘆いていました。

 昭和50年、広島カープが後楽園球場で初優勝を決めます。たしかあの試合でホプキンスがホームランを打って、「アメリカを許すことにした」と涙した人たちがたくさんいたのを記憶しています。父の親戚関係は皆、同じようなことを言っていました。

 

 さて、私は広岡達朗監督が好きで、「エスクワイア」という雑誌で広島の呉時代をふりかえった記事を書いたことがあります。

 広岡さんは何度か話したことがあり、このときは話しがはずむはずむ。

 戦艦大和は軍の機密でしたが、呉の人たちはみんな知っていて、広岡さんも建造中、見たことあるそうです。

 「大和ホテル」ともいわれ、高官が食事するときは楽隊の演奏付でした。海岸でよく楽隊が練習していたそうです。


 広岡さん、子どものときはなんといっても、海軍将校になりたかったそうです。
「あの白い制服でびしっとしたところがかっこよくてね」
 甲子園出場はおしくも逃し、早稲田大学に進みます。映画館で「雨に唄えば」と見たとき、
「うわ、しもうた、と思いましたや」
 はあ?どうして?
「タップダンスですよ。こんなものが世の中にあったのか、野球よりこれをやっておけばよかった!そんなふうに思ったんですよ」

 とびとびですが、ちょっと思い出したことを書き連ねてみました。ばいなう。

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)