MM編集部とその周辺。
こちらはMMジャーナルの番外編。スポーツライター梅田香子のブログです。スポーツ以外のこと、バイリンガル子育てや自閉っ子との生活や旅行の日々を綴っています 。

続々・フォードの怒りは米国の怒り~光と影~

 ぼこぼこしているステンドグラス。私が廃材で作ったものなので、へた~。夫は大工なので、1ミリのずれでも嫌がるのです。なので、こっそり飾っています。

 マリア像は長崎の大浦天主堂で買いました。

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 あのとき陸軍と岸信介がフォードを日本からしめださなかったら、アメリカとの戦争が起きたのかどうか。アメリカとは起きなかった可能性の方が高いでしょう。
 その代わり日中戦争はだらだら長くつづいていたかもしれません。

 特定人物があの世界戦争を起こしたわけではないのです。
 水木しげるの「昭和史」を読んでも、お父さんは大はしゃぎ。保険業は大繁盛したそうです。

 それまで戦争で負けたことがなかった日本、アメリカと戦争することは国民大半の総意でもありました。戦争でたくさん新聞が売れたので、今よりたくさん新聞社がありました。これは日本もアメリカも同じです。

 ここからは私の個人的なオピニオンです。
 差別の心っていうのは人間は誰しもが片隅にもっていると思います。
 そういう点では私も心が汚れた差別主義者です。「やっぱり韓国人経営の店はおいしい」「インド人のクリーニング屋ってどうしてはずれが多いの」なんて、心ではいつも考えています。
 だからといって、それを面とむかって本人に言いません。マナー違反です。

 人は変わるものです。ヘンリー・フォードがアメリカ人から尊敬されている存在とはいえ、完璧な人格の持ち主だったわけではありません。
 誰にでも光と影があります。

 できれば、光の部分だけ、長所だけをみる習慣を心がけないと、どの人ともどの国とも、お付き合いできなくなってしまいます。一人一人がお互いを理解し、スポーツや文化で言葉がいらない交流し、旅を重ねるような生き方。

 せっかくインターネットが広まり、国境もなくなっているのです。情報が足りなくて、意図的にコントロールされていた戦前とは違います。

 日本(あるいは自分自身)だけを基準にして、ここが違う、あそこが違う、とアラさがしすることは、つくづく時間の無駄づかいだと思います。

  さて、1940年、新しい法律は自動車製造を国の許可制にしたため、トヨタや日産にしぼられました。いすゞも加わります。

 もはや米国フォードやGMとの競争はなくなりました。陸軍から莫大な研究費が注ぎこまれます。

 ところが、石油と鉄の輸入をとめられてしまい、だるまさん状態。

 国産自動車の開発がいっきに進むのは戦後になります。

 ちなみに岸信介が手本としたナチスの産業統制は、ヒトラーが政権をつかむ前のこと。なのでヒトラーとフォードの関係は?・・・これは蜜月でした。
 
 ヒトラーはもっとも尊敬する人物としてヘンリー・フォードをあげていて、居間には肖像写真を飾っていたほどです。というのもヒトラーは広く知られているように、車が大好き。

 フォードはディアボーン・インディペンデント紙という週刊誌を買収し、たくさんの記事を寄稿していました。掲載された記事を集めて、1920年から1922年にかけて全四巻の『The International Jew(国際ユダヤ人)』を刊行。これはドイツをはじめ16か国語で翻訳されました。

 出版するだけではなく、1922年という早い時期に、ナチスドイツに資金援助しています。
 当然ヒトラーも愛読していて、幹部養成学校では教科書代わりに配布したほどです。

 飛行機王のチャールズ・リンドバーグもナチスドイツ擁護派で、フォード同様、勲章ももらっています。リンドバーグはフォードと共にフランクリン・ルーズベルト大統領とは真珠湾攻撃直前まで政敵という立場にありました。

 だいたいアメリカは違う人種、違う文化、違う宗教が集まっています。

 今でも国民がひとつになるのは、「戦争とスーパーボウルのときだけ」と言われているほどです。(オリンピックじゃないの、スーパーボウルなのです)。日本みたいに芸能人が結婚したからといって、そこら中がその話題一色に染まることがありません。

 ルーズベルト大統領の選挙公約は「きみたちを一人も戦争には行かせない」というものでした。

 なのに、真珠湾攻撃のおかげでアメリカ中がいっきにもりあがります。
 
 リンドバーグやフォードの攻撃目標もたちまちユダヤ人から日本人に変更されます。

 アインシュタインももともとドイツから追い出されたユダヤ人でした。ルーズベルトの「マンハッタン計画」を実行に移した研究チームはほとんどがそうです。

 リンドバーグもフォードは戦後、ドイツで虐殺の実態を知り、ユダヤ人への差別意識は撤回しました。

 ただし、彼らの世代はお亡くなりになるまで、日本人への差別意識は変わりません。とくにフォードにとって戦後、日本車の台頭は驚異的なものとなります。

 今現在のデトロイトはまた90年代とは違って、都市として変貌しつつあります。
 あそこはカナダとの境目なので、もともと〇〇人なのだからと区別するほうが無理があるのです。
 その過程、デトロイト・タイガースにはセシル・フィルダーがいて、木田優夫がいて、野茂英雄をいた。今も最優秀コーチに選ばれた佐藤有香さんのホームリンクがあります。

 いつか忘れられてしまうかもしれません。いい時代を共有したことを私はとても幸運なことだと運命に感謝しています。Bye Now.

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