統一教会は知りませんが、自民党とCIAの癒着は米国公文書では明らかになっていること。
— 梅田香子 🇺🇸「ヒトラーと握手した日本の少女 稲田悦子伝」 (@yokoumeda) 2022年12月22日
1955年8月にフォスター・ダレス国務長官は岸信介と会い、「もし日本の保守派が共産主義者とのアメリカの戦いを助けてくれるのなら支援する」と。少なくとも15年にわたり、1959年にアイゼンハワー政権がCIAに承認。
・マッカーサーはCIAを創立のときから信用せず、1947年から50年まで東京のCIA支局は小さく、活動を制限した。
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・マッカーサーには独自のスパイ網があり、それがチャールズ・ウィロビー少将。彼は敗戦国の日本で最初の日本人を理クリートした。それが有末精三。参謀本部の第2部長、諜報責任者だ。#CIA https://t.co/IpmVlo95K8
・有末は自らGHQに自分を売り込み、参謀次官の川辺虎四郎に協力を求め、工作資金として1千万円を要求して、手にした。(あの当時の1千万円ですよ)
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・その資金で台湾やロシアにスパイを送り込む話だが、どうもあやしい。そこでCIAが調べたところ、彼らが台湾からバナナや砂糖を輸入して儲けていた。
・ウィロビーは面目つぶれ、CIAが力を増す。その有末とCIAの両方とつながり、中国に工作員を送り込んだり、日本ぐの貯蔵所からタングステンを米国に密輸入したのが児玉誉士夫。彼は有名だし、米国の文書もボロクソに書いているから割愛。#CIA
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・岸信介はナチスドイツ派だから、米国のコーデル・ハルにもにらまれていたし、戦前はこういうこともあった。ただ一人といっていい米国人との接点はグルー大使。天皇が戦犯にならないようかがばったし、吉田や来栖とも家族同様の付き合い。https://t.co/GJcOxNx1XB
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・東条英機たちの死刑執行がされて翌日、岸は巣鴨プリズンから解放。その足で弟の官房長官、佐藤栄作を訪問し、囚人服から背広に着替えた。「おかしな気分だな。今日からわれわれは民主主義なのか?」と岸。 #CIA
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岸はじっくりとアメリカとの関係をつくっていく。「ニューズウィーク」の東京支局長から英語のレッスンをうけた。よく編集長が英語を教えたよね。もちろん政治的なつながりを意識していたのだと思う。支局長はこの本にでてくるバッケムね。https://t.co/GNWhAtUdlG
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・このバッケムから外信部長のハリー・カーンと知り合いになり、カーンはアレン・ダラスの親友で、#CIA やアメリカ大使館と岸を結ぶ。
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1954年5月、岸は歌舞伎座に大使館の情報宣伝担当のビル・ハッチンスンを招待する。
その1年ほど前から岸はCIAや国務省の人とハッチンスン家の今であっていた。「岸がアメリカ政府から支援をもとめているのは明らかだ」とハッチンスン本人が自著で書いている。
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岸の年表はこれ。
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1945年9月 巣鴨へ
1948年12月 釈放、公職追放のまま
1952年 サンフランシスコ講和条約、追放解除
1953年 日本再建連盟を設立
1953年 選挙で大敗。日本社会党に入党しようとして反対、吉田の自由党へ。
1954年 自由党を除名。
1955年 鳩山と日本民主党を結成。
で、このスレの最初につながる。
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1955年8月にフォスター・ダレス国務長官は岸信介と会い、「もし日本の保守派が共産主義者とのアメリカの戦いを助けてくれるのなら支援する」と。#CIA で岸を担当していたのはクライド・アカボイ。沖縄戦の生き残り、元海兵。
#CIA は第2次世界大戦のときの情報機関OSSがあまりにお粗末だから、トルーマンのときできた。有末がバナナに金を使うから存在があやうくなったが、岸は「自分にではなく、党に使ってほしい」と提案。米軍もかなり情報提供者を扱うことがうまくなっていた。
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マッカーサーの甥にあたる駐日大使のダグラス・マッカーサー二世の本を読むと、岸は「もし米国が岸の権力固めをサポートしてくれるのなら、新安保条約をとおし、左翼を抑え込める」と語り、「もし日本が共産化するとアジアの他の国々も追随するだろう」とも。
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ともかく米国は真珠湾攻撃でかっとして参戦して、勝ったものの、得るものは少なかった。ソ連を共産国が領土を広げただけなので、ものすごく焦っていた。岸はCIAから一連の支払いを受けるのではなく、永続的な財源での支援を求め、フォスター・ダレスも同意した。
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米国は共産主義になるのを恐れただけで、今はもう日本への関心も薄れ、資金援助はとだえたはず。2006年に国防省が支援した金額もオープンにした。少なくとも15年、4人の大統領の下で、自民党の一党支配に資金は流れた。
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以上のような内容がこの本に書かれていた。作者と話したことあるけど、もともとはぶ厚い本だったのに、日本の部分がなく、日本版がでるから取材して書き足した。他にも岸自身のインタビューが文藝春秋にのったので、わりとオープンにしていたけど、今は手元にない。https://t.co/oPbICoJV4n
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つけたし。岸を担当したCIAのClyde MacAvoyはその後、インドネシアでスカルノに変わってスハルト政権をつくった。児玉や河野がデビ夫人を送り込んだ話は有名のはず。
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1960年に7万5千ドル、1964年の初期までつづいた。一方、ジョンソン政権では極左の動きを拒否する計画にたいし、1964年には45万ドルが岸に提供された。NY TIME記者Tim Weiner著「The history of CIA」より
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