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梅田香子 ぼこぼこ場外乱闘編

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こちらはMMジャーナルの番外編。スポーツライター梅田香子のブログです。スポーツ以外のこと、バイリンガル子育てや自閉っ子との生活や旅行の日々を綴っています 。

ジャニーさんと226事件

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 80年代の終わり、「週刊明星」という雑誌で2ページ野球コラムをもっていました。
 なんとバイトさんが毎週、国分寺まで原稿を取りに来ていた記憶があります。

 ファクスぐらい買えって感じ。後に買います。買うヒマがないぐらい忙しかった。

 楽天ショッピングなんてありませんでしたから。
 
 東京ドームからの帰り、編集部の机を借りて、原稿を書くこともありました。携帯やSSNがなかった時代、なんでもかんでものどかで、面白かった時代です。

 いろいろな芸能人がマネージャーと来て、応接コーナーでいろんな話をしています。

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 2.26事件おたくだったのが役だったのは、このとき私の人生で2回目か3回目。

「ユーがあの野球コラムのページを書いているの?面白い」
 
 と自動販売機の前で缶コーヒーを買っていたら、声をかけてくれました。まだ女性ライターが珍しかったからかも!?

 ジャニー喜多川さんは両親共、日系2世としてロサンゼルス生まれ。
 生まれてまもなく日本に帰り、戦争中は和歌山に疎開しています。
 終戦後、姉と兄と一緒に返り、ロサンゼルス・コミュニティカレッジで勉強します。

 父親はこの頃、日本で金星スターズというパリーグ球団の辣腕マネージャーをしていました。

 コミュニティカレッジは2年で終わり。
 そのまま大学に進んだのは兄だけで、ジャニーさんは姉と日本へ。
 日本では英語できる人間が不足していたので、いろいろな仕事をしました。
 アメリカ大使館やGHQで通訳したり、朝鮮戦争の戦争孤児に英語を教えたりしました。

 226事件で刑死した磯部浅一の妻の弟も,キャピー原田さんも、丹波哲郎さんもそこで働いていたそうです。

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 戦後、渋谷のNHKのあたりはワシントンハイツといって、軍の関係者たちが家族と暮らす住宅地になっていました。
 もともと陸軍の演習地。東京五輪のとき選手村になり、そのまま日本に返還されます。
 ワシントンハイツの中には、226事件の将校たちが4人ずつ銃殺になった赤いレンガが遺されていました。
 ジャニーさんはワシントンハイツに住んでいましたが、全くそのことを知らず、子どもたちとキャッチボールしたり、レンガにボールをぶつけて、キャッチする練習をしたそうです。

 今はそれはNHKの駐車場と税務署の間、226事件の慰霊碑になっています。

 よく遊びにくる4人のうち、一人が後のあおい輝彦でした。

 たまたま雨降りで野球ができない日、映画館に連れて行ってもらったのです。

 ウエストサイドストーリーを見て、子供たちは「ミュージカルをやりたい」と言い出します。

 「ジャニーズ」という名前は少年野球のチーム名そのままです。

 この部分はこの本で知りました。面白かったです。超おすすめです。

 

 すごく野球が好きなんだな、と感じました。芸能関係に進まなかったら、プロ野球に進んでいたかもしれません。
 ただ、当時のプロ野球は正力松太郎が巣鴨刑務所からでて、はりきっていた時期です。
 正力はビートルズが来日したときも、「武道館を毛唐につかわせるのか」と反対してしまう人です。
 ジャニーさんとあうわけがありません。

 私が社会人になったばかりの頃、年に一回、神宮でプロ野球選手運動会がありました。
 ジャニーズで売り出す新人タレントがそこでお披露目されています。神宮には楽屋がありませんから、記者席の後ろが彼らの控室になるわけですが、まあ、10代そこそこのナマイキ盛りの若者です。こういう子たちをマネージメントするなんて大変だな、と。
 わがままな子は早くに消えていき、気配りする子は長く活躍するあたり、興味深かったです。
 SMAPの通訳したのはアリゾナのロケでしたが、とても礼儀正しかった。

 よく騒がれたように同性愛者だからといって、次々と若い子に手をつけたとか、それをしないとデビューさせないとか、私は半信半疑です。
 まだまだ同性愛者への偏見が強かった時代です。

 その裁判のとき私はアメリカ中心の生活でした。
 週刊誌の記事の段階ではいろいろ証言してくれた少年たち。

 彼らがいざ裁判となると証言をこばんだり、違うことを言いだす。

 出版社のほうが困りたててしまったとは聞いています。
 実際この裁判はジャニーさんが勝訴しています。1審では出版社が980万円の支払い判決、2審と3審では120万円に減額されました。
 同性愛が認定されたから、実質ジャニーさんの敗訴だという人もいます。が、同性愛ってそんなに悪いこと?
 ファンにしてみたら認めたくはないかもしれません。もし仮に少年たちの中にも同性愛がいたとしても、それが悪いこととは思えません。
 以後はこの件はタブーになります。

 圧力がどうこう、というより、10代のタレント志望者たちの証言がいかにあてにならないか、どこの社も他人事ではなかったからです。


 世の中は男と女。男がいいとか、女がいいとか、美人がいいとか、ぶさいくなのがいいとか、好みは千差万別です。

 某有名選手が「おれ、女が好きなんだけど、この前ふざけていて、つい男とはじめてしてしまった・・・。すげー、気持ちよくてびっくりした」

 なんて話していたこともあります。

 これがすべてではありませんが、とりあえずばいなう。