MM編集部とその周辺。
スポーツライター梅田香子の日常を日本語でメモ代わりに綴ったものです。

白蓮さんの家で赤毛のアンになった私

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  飯塚のスケートリンクです。
 アメリカン長女は福岡第一高校に在籍し、終わると天神からバスに乗り、ここに通う毎日をすごしました。

 最初の頃、バスで寝すごして田川まで行ってしまい、わんわん泣きながら、電話してきたこともあります。

 「迎えにいってもらうから、どこのバス停かおちついて言いなさい」

 「えーんえーん。漢字だから読めないもん」

 なんて犬のおまわりさんみたいな会話をしたことがよみがえります。

 その節は先生やスケートママさんたち、たいへんお世話になりました。

 あまり意味のない動画です。昼間はあまり通ったことがありません。

 練習が終わるのはいつも夜10時でした。


福岡から飯塚へドライブ

 私は野球シーズン中はほとんどシカゴでした。自閉症の次女のSTのため父と母に福岡で買った家に住んでもらっていたのです。
 日本にいるときは申し訳なくて、いろいろと親孝行サービス。
 私は20歳そこそこで家をでてしまったので、九州のほうがたくさん父との思いでをもっています。

 かつて炭鉱で支えた飯塚。五木寛之の「青春の門」の時代です。

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 麻生家と伊藤家が2大勢力で、日本の長者番付の1位を争っていました。

 麻生家は先代は早世し、2代目の麻生多賀吉のところへ吉田茂の娘が嫁ぎます。

 この麻生太郎さんという文字は前はなかったはず。達筆なのですね。

 伊藤家の当主に嫁いだのは、あの白蓮さんです。華族と親戚になるということで、大増築したのが、この豪邸です。

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 父の話だと、父の父、つまり山口県徳山市の祖父が家を新築する際、参考にするためこの伊藤邸を見に来た、というのです。

 私の記憶に残っている祖父の家はさっぱり似ても似つかない家なのですが。

 ともかくもともと家を見るのが好きな父と母は、とてもこの伊藤邸の見学コースを喜びました。

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 前に来たときはまだNHKの「花子とアン」がはじまっていませんでした。そのときは瀬戸内寂聴や林真理子の関連本を並べて売っていましたが、そのコーナーはなくなっていました。

 その代り、赤毛のアンの衣装やかつらが並んでいて、自由に撮影できるインスタ・コーナーができていました。

 

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 ばいなう。

 この白蓮さんの娘さんが書いた本はとても面白かったです。

 自叙伝もよかったです。

 林真理子さんのは前半はとても面白いのですが、なんだか女性週刊誌を読んでいるような内容でした。あまり白蓮さんの歌とか、駆け落ちして落ちついた後の半生には興味がないのかな。

 百蓮さんの再婚相手、宮崎龍介は中国とはゆかりのある宮崎滔天の息子です。

 近衛文麿首相の密使として、蒋介石と会おうとして憲兵につかまったりするのです。

 が、そのへんはまったくふれていません。私はこのへんのところ、妻の白蓮がなんていって彼を送り出したのか、すごく興味あるのです。チャイナ服を着ている写真もあるので、中国の文化に敬意を示す気持ちがあったのでしょう。

 2人が授かった長男の香織は早稲田大学の学生なのに、学徒出陣で終戦の4日前に戦死してしまいます。

 これも1行ぐらい。

 それと白洲正子さんの本で読みましたが、白蓮さんは美智子妃殿下の結婚には大大大反対したそうです。 民間人が皇室に嫁ぐなんて、とんでもない。決して、時代の先端をいくような思想の持ち主ではなかったようです。ばいなう。