スポーツライター梅田香子とMMカンパニー&CHICAGO DEFENDER JAPAN

梅田香子 contribute to MM JOURNAL

ぼこぼこ場外乱闘編

スポーツライター梅田香子の日常を日本語でメモ代わりに綴ったものです。

親が子どもをじゃんじゃん殺すお話

 高齢者の免許を返納すればいい、と簡単にいいますが、残念ながらそれでは解決しないもの。

 というのも認知症が進むと、免許返納を忘れて運転してしまうことがあるのです。

 ニートの問題同様、まわりでいくらでもいると思いますよ。

 私は社会派ライターではなく、226おたく、昭和史おたくのスポーツライター。

 なので、澤地久枝著「自決 こころの法廷」を読み返したりしていました。

 私は子供を殺す話や子供が死ぬ話が苦手で、そういう場面がある映画は二度は見ません。

 この「自決 こころの法廷」が映画化されても、見には行かないでしょう。

 

自決 こころの法廷

 「蛍の墓」もだめです。が、本のほうは読みます。

 「自決 こころの法廷」の主人公は親泊朝省、沖縄出身、王家の地をひく家系で育った帝国陸軍人のお話です。料理研究家の岸朝子の叔父にあたります。

 親泊参謀は226事件に深く関わりをもった菅波三郎の妹と結婚されています。

 彼は言論を弾圧する側の人間で、自分が代わりに戦争中は婦人公論に「ぜいたくは敵だ!」という趣旨の原稿を書いたりしていました。

 決断力に乏しい阿南陸軍大臣を敬愛しつつ、「日本のいちばん長い日」にあるように、最後に阿南は終戦に賛成してしまうので、激昂します。

 二二六事件の生き残りたち、菅沼や黒崎らもこの日は陸軍省に結集しています。

 終戦の玉音放送を待たず、阿南は腹きり。

 親泊参謀は自宅で9歳と7歳の愛児を青酸カリを飲ませてから、妻と拳銃で心中するのです。

 黒崎貞明も同様、妻と後を追うつもりでした。が、どうしても子どもたちを殺せません。 

恋闕―最期の二・二六事件 (1980年)

 土壇場で「死ぬのはやめよう」と決意を翻します。 

「日本いちばん長い日」、つまり終戦の日、日本中でわかっているだけでも400人以上が自決しています。

 福生の飛行場でも、子供たちに最後、今まで習っていたバイオリンを弾かせてから、

土手で心中した一家がいました。

 日本て乃木大将の頃から、自殺って美学なの?

 いえいえ、日本国内だけではありません。

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 ヒトラーの腹心だったゲッペルスも、最後はヒトラーとエヴァ・ブラウンの結婚に立ち会います。7人の子どもたちにモルヒネと青酸カリを飲ませ、自分も妻と心中しました。

 さて、7月は次女のクラス会があるので、福岡に行くのが楽しみです。

 子どもに重度の障害があると告げられたら、たいていの親が一度は自殺や心中を考えるのではないでしょうか。

 どうしようもない局面に立たされたとき、私は昭和史おたくな本をよく読んだものです。戦後の焼け野原から立ち直った親世代のことを考えると、自分もまだまだ頑張れるような気になるからです。

 ばいなう。