MM編集部とその周辺。
こちらはMMジャーナルの番外編。スポーツライター梅田香子のブログです。スポーツ以外のこと、バイリンガル子育てや自閉っ子との生活や旅行の日々を綴っています 。

自閉症と暴力のお話

 ショートステイや日中一時支援など、さまざまな福祉を利用しながら生きています。

 姑のほうは2年前に88歳で逝去。

 次女はいわゆるA2で、重度の障害児です。ただ比較的おちついているほうで、もっともっと重度の子はたくさんいます。

 先日、そういう施設の玄関でたまたま一緒になった小学生が、何回も私に蹴りを入れてきました。(まあ、健常児でも小学生ならいくらでもいます。無理やり習いごとを詰め込まれている男子にはとても多いです。早いうちに何度も海外留学しているせいか、Fワードを連発したり、ツバを顔に吐きつけるとか、覚えたことはすぐ実行に移したがるもの)

 ただ知的障害児の場合、自然な衝動で殴るというより、誰かがそうやるから、マネしているわけです。なので、蹴りを入れてくる子を。見ていると、かわいそうで涙がでて、困りました。

(健常児についても同じです。生まれたばかりの赤ちゃんは人を殴りません。殴り方を知らないからです。誰かが教えているわけです)

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 私も次女の暴力には何度か悩まされました。
 でも、小学校まではほとんどなかったと記憶しています。

 前夫が美輪明宏さんの本にはまって、お題目を唱えるとか、座禅を組むとか、トイレに「めざせグラミー賞」「目標年収3千万円」なんて紙をはりだした頃。
 よちよち歩きの次女が珍しがって、お題目をよんでいるパパによじのぼり、そのたびに思い切り突き飛ばされ、ぶたれていました。

 DVは病気みたいなもので、宇都宮の母親にも泣きながら、「どうしても香子の顔をみると殴ってしまう。どうしようもない」なんて相談していた時期もあります。
 「香子さん、もう俊介がつらそうだから別れてあげて」なんて言われました。
(でも、これは子どもがあげるから、家と貯金は息子にあげてね、という意味)

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 次女は9歳のときシカゴをいったん離れ、福岡の香椎小学校に通うことになりました。私の親が一緒に暮らしてくれたのです。

 5年生ぐらいになると、次女は交流学級で、いきなり小さな子をばちーんとぶつようになりました。腕力はあるほうで、かなり痛そうです。

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  私は当時、日米間を毎月往復していたので、何度もシアトルマリナーズイチローグッズを買っておわびにいきました。(このイチローグッズの人気は相当なもので、皆さん、びっくりして許してくださいました)

 そんなかんやで担任のA先生は修学旅行のハウステンボスでも次女に付きっきりだったそうです。

 これは小さな子のかんだかい声がダメとわかり、そういう場所には連れていかなくなったことで、かなり解決しました。(脳梗塞の後遺症で悩む友人の話、小さい子どもの高い声が頭の中でうわーんと反響してしまったり、とてもつらいそうです。次女は言葉がないから、わかりませんが、とても苦しそうな顔をします)

 福岡の香椎小学校の卒業式が自分のパパと会った最後の日。
 すごく派手なレコード会社のジャケットを着て、ピアスやらじゃらじゃら。「なに、あれ、誰・・・・?」「しー、あの子のパパみたい」という声があがり、もう顔から火がでる思いがしました。

 思えば、恥の多い人生でした・・・という太宰治の気分。

 それまで糸島半島自閉症の専門家のところへ毎週通って、療育やSTを受けていました。もともとそれが福岡で家を買った理由のひとつです。
 思春期というのも関係したのでしょう。次女の荒れ方は卒業の前後、ピークになりました。

 療育の先生から、「この子なりにね。パパとママがお別れするのは、自分のせいだと気がついて苦しんでいるんですよ」と言われました。「これはもう薬を飲むことも考えないといけませんね」

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 私はどういうとき次女に殴られるかというと、咳をするとだめなのです。他の人の咳ならいいのに、私が咳するとものすごくつらそうな顏をして、力をこめて殴ってきます。力が強いので、痛みますが、心はもっと痛みます。

 前夫は一度も殴られたことないようなので、それだけ次女には怖い存在だったのかも。あと夕飯のときぐらいしか帰ってこないので、接点はなかったのです。

 ところが、新しいパパは今まで10回近く、次女には殴られています。
 もともと彼はカーとしやすい人で、若いときの武勇伝はたくさんあります。なのに、次女に殴られたときだけは、ぐっとこらえてくれてくれるのです。
 知り合って9年、いろいろなことがあっても、私が彼のああいう態度だけは忘れることができません。とても感謝しています。

 中学に入ってすぐ、シカゴの家で、私と長女と次女、今のパパと長男の5人で暮らしました。というか、水害にあったまま、ほったらかしていたので、大改修しなくてはならなかったのです。

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 このとき空港で一回、パパはぼかっと次女に後頭部を殴られました。そばに小さな赤ちゃんを抱いた方がいて、それが気にいらなかったようです。
 腕力があるので、「目から火花が出るってこういうことなんやな」とかなり痛がっていました。
 でも、それを最後になぜかだいぶおさまったようです。

 ショートステイに泊まることもあるし、私と一緒に日本とアメリカを行ったり来たりしています。

 中学からは養護学校になったせいか、そういう苦情はなく、すごしました。
 高校もです。
 修学旅行は東京ディズニーランドスカイツリーだったので、それはもう心配しました。
 落ちついているとはいえませんが、暴力はでなかったそうです。

 思春期をすぎたからなのか?新しい家族との暮らしになれたせいなのか?はっきりとした理由はわかりません。